この記事は、当時インスタグラムに書いていた乳がんの話を、ブログ用にまとめ直したものです。
自分の記録として、そして、誰かの役に立てばうれしいなと思って書いています。
両親とモーニング食べに行ってきた。
久しぶりの休日、親子水入らず。
会話の中でわたしの病気の話題は出ないけれど、2人ともわたしのことをすごく心配してくれている。
今日は、この二人のことを書いてみようと思う。
母の心配そうな顔
先日、PET-CT検査を受けた日のこと。
病院から帰ってソファでうとうとしていたら、母の声に呼ばれて目を覚ました。
▼PET-CT検査の内容や当日の様子はこちら
乳がん術前検査と小さなご褒美
目の前には、ものすごく心配そうな顔をした母がいて、思わずドキッとした。
ただ疲れて寝ていただけなのに、体調が悪いのかと思ったらしい。
検査で乳がんと診断されただけで、痛みも苦しさもないのに。
でも、そんなことを知る由もない母は、目覚めたわたしにすり寄って、手をさすさすと撫でてくれた。
強い母、でも心配してくれている
母は、はっきり言って強い人だ。
見た目も筋肉質で、気も強い。
泣いている姿を見たのは、これまでの人生で一度だけ。
テレビの『プロジェクトX』を観ながら大号泣していた時だけだ。
わたしの乳がんが発覚したときも、普段と変わらず「だいじょぶだいじょーぶ、ガハハハ」
と笑っていた。
それでも、母はやっぱり母なのだ。
言葉にならないほどの心配を抱えながら、わたしの手をさすってくれている。
その手のひらの温かさに、改めて気づかされた。
父のほろ酔いの言葉
父は父で、いい感じにほろ酔いになると、ポツリと言う。
「そうちゃんはお父さんより長生きしないとダメよ」
わたしがあまりにけろっとしているから、父にはわたしが生き急いでいるように見えるらしい。
そんなことはない。
長生きしたいし、子どもも欲しい。
だから卵子凍結だってするんだから。
妊孕性温存よりも治療を
そういえば卵子凍結の話で思い出したことがある。
当初、両親はわたしが妊孕性(にんようせい)温存をすることに、難色を示していた。
それよりも、一刻も早く乳がん治療をしてほしい。
それが、わたしたち夫婦の切実な願いだと、診察室で医師に言っていた。
あんなにも孫の顔が見たいと言っていた両親が、「まだ見ぬ孫より、今目の前にいるこの子が大事」と言い切った。
色々悩んで、卵子凍結をすることに決めた今。
両親は、わたしが前向きに治療に臨めるのなら、と応援してくれている。
でもきっと、本当は一分一秒でも早く治療を始めてほしいと、祈るような気持ちでいるんだろうな。
自分だけじゃない、両親の思い
ついついわたしは、「自分ががんになったんだから」と、自分中心に世界を見てしまう。
確かに、わたしにしかわからないつらさはある。
だけど、がん患者を支える親の気持ちを、わたしは経験したことがない。
もしかしたら、両親はわたし以上に、身を切るようなつらい思いをしているのかもしれない。
そう思うと、胸の奥がぎゅっとなる。
これ以上心配をかけたくない
両親には、一度目の結婚のことや、学生の頃からずっと心配をかけてきた。
本当に手のかかる子どもだと思う。
もう、これ以上心配をかけたくない。
だからこそ、わたしは治療に前向きに、しっかり取り組んでいこうと思う。
※このブログの内容は個人の体験に基づく記録であり、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。
乳がん関連記事はこちらにまとめています。
わたしの乳がん備忘録 | 記事まとめ