「在宅は気楽でいいね」と言われるたびに言葉に詰まる。
乳がんという病を抱え、自分を守るために逃げ込んだ在宅ワークというシェルター。
監視ツールや孤独、オンオフの切り替えに悩みながらも、わたしがこの働き方に満足している理由。
わたしは今、自宅でフリーのオンライン秘書をしている。
以前は毎朝オフィスに通勤する会社員だったのだが、精神的にも体力的にも限界を感じて、その場所を離れた。
実は、わたしは乳がんサバイバーだ。
以前の職場ではそのことをオープンにしていたけれど、それがかえって自分を追い詰める結果になってしまった。
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だからこそ、あえて深い人間関係を必要としない短期のパートをしていたんだけど、どこへ行っても「前はどうして辞めたの?」「お子さんは?」と、ねほりはほり聞いてくる人は一定数いた。
その時間がつらくて、わたしは誰にも自分のことを説明しなくていい「在宅ワーク」というシェルターに逃げ込んだ。
念願だった在宅フリーランス
通勤時間は0分だし、自分の思い通りの時間に働ける。
急な休みや中抜けも自由。
誰にも会わなくていいこの環境は、わたしにとって間違いなく救いだった。
でも、実際になってみて初めて「在宅での仕事って大変なんだな」と痛感したことがある。
手に入れた自由の代償は、想像以上にシビアだった。
1. 1分1秒を刻む、見えない鎖
「家で仕事をしていると、自分のペースで仕事ができていいね」
友人や知人にそう言われるたびに、わたしは言葉に詰まってしまう。
ぶっちゃけ、会社員として働いていた頃の方が、よっぽどマイペースに動けていたと思う。
なぜなら、今のわたしのPCには動作を監視するツールが入っている。
もちろん、こうしたツールの有無は、クライアントやエージェントにもよりけりだ。
けれど、わたしの今の働き方は、この「見えない目」と共にある。
このツールは、わたしのクリックや画面遷移をすべて記録している。
一定時間動きが止まれば、「稼働していない」とみなされる。
会社員時代の何気ない雑談や、窓の外を眺めた数分間の「余白」。
今のわたしには、そんな時間は一秒もない。
「動いていないと、お金にならない」という強迫観念は、在宅フリーランスとして働くわたしを、オフィスにいた頃よりもずっと窮屈に縛り付けている。
2. 姿が見えないからこその「もどかしさ」と、最大の矛盾
シェルターの中も、決して平穏なことばかりではない。
画面越しに届くチャットの音は、時にわたしの心をそわそわと波立たせる。
オフィスなら背中で察してもらえる「集中している空気」も、チャットの世界では伝わらない。
メッセージは相手のタイミングで自由に届き、忙しい時に積み重なると、追いかけるだけで息が切れる。
無機質に積み上げられていくメッセージの山を見ていると、ふと強い孤独に襲われる。
人間関係を構築するのが嫌でこの仕事を選んだはずなのに、今、その「つながり」の希薄さに傷ついている。
それは、在宅ワークという道を選んで知った、最大の矛盾かもしれない。
3. 消えていく「外」の顔、失われる潤い
家にいるから、化粧もしなくなった。
オンライン会議はあるけれど、それはいつも「音声のみ」。
カメラをオンにすることはない。
誰かに会うわけでも、顔を見せることもない。
それは楽なはずなのに、ふと鏡を見ると、社会から切り離されたような寂しさに襲われる。
かつては面倒だと思っていた「身なりを整える」という行為が、実は自分と社会をつなぐ大切な儀式だったのだと、在宅フリーランスになって失ってから気づかされた。
4. 霧のように溶けていく「オン」と「オフ」――在宅ワーク最大のネック
そして、これが在宅ワークの最大のネックだと感じているのが、仕事と生活の境界線が消えていくことだ。
仕事をする場所と、寝る場所が同じ。
だからこそ、忙しい時などは、PCを閉じてからもずっと仕事のことが頭から離れない。
家事をしていても、お風呂に入っていても、布団に入ってからも、休日でさえもーー
頭のどこかで「次のタスク」や「未返信のチャット」を追いかけ続けてしまう。
霧が立ち込めるように、いつの間にか仕事のストレスが寝室まで侵食してくる。
誰にも干渉されない自由の裏側で、わたしは自分自身の「オン」と「オフ」を切り替える術さえも見失いそうになる瞬間がある。
それでも、会社員に戻るつもりはない
「自分を説明しなくていい」という平穏と引き換えに、わたしは自分の「動き」を管理される道を選んだ。
外の世界で「ねほりはほり」聞かれるよりは、画面越しの監視の方がまだ耐えられる。
正直、これが「楽な仕事」だなんて、口が裂けても言えない。
ひりひりとした、これが今のわたしのリアルだ。
けれど、いろいろな葛藤を抱えながらも、わたしはこの働き方に心から満足している。
在宅という道を選んだからこそ、わたしは妊活にも全力で挑むことができた。
そして何より、大切な愛猫ルイがてんかんを患ったとき、一番近くでずっと寄り添ってあげることができた。
もし外で働いていたら、きっとそんな時間は約束されていなかったはずだ。
誰にも侵されない静かな部屋で、監視ツールの視線を感じながら一分一秒を刻んでいく。
その孤独なシェルターは、わたしと、わたしの大切な家族を守るための、優しくて力強い砦(とりで)なのだ。