あまり嫌いな人はいないと思うけれど、わたしはお金が好きだ。
だから、お得に買い物ができたときは「してやったり」と心の中で小さくガッツポーズをするし、インデックス投資の管理画面でじわじわと積み上がっていく数字を眺めるのも、静かな楽しみになっている。
でも最近、ふと気づいた。
そうやって増えていくお金を「どう使い、どうなりたいか」というビジョンが、わたしの中にはほとんどないということに。
ただ数字が増えるのを待つだけではなく、自分の理想を一度ちゃんと、手触りのある言葉で考えてみることにした。
今の生活は、もう十分だと思っている
結論から言うと、億万長者は目指していない。
というか、「今の生活水準」のまま、ずっと生きていきたい。
今の生活は、だいたいこんな感じ。
夫婦2人+猫1匹で月25万円くらいの生活費
外食は週に1回
たまに行ける旅行
「もっと上」を目指して背伸びをするより、この心地よい状態を、ただただ静かに保てたらそれでいい。
それは決して大きすぎる理想なんかじゃない、とてもささやかな願いだと思っていた。
突きつけられた「7500万円」という数字
けれど、その「ささやか」を労働なしで実現しようとしたとき、現実は容赦なく数字を突きつけてきた。
投資の世界の「4%ルール(資産の4%を取り崩して生活する)」に当てはめると、月25万円(年間300万円)を確保するために必要な資産額は、こうなる。
正直、ひええ……となった。
7500万円なんて、今のわが家には夢のまた夢。
あまりにも遠い銀河の話だ。
わたしの理想は「準富裕層」だった
調べてみてさらに驚いたことがある。
世の中には「資産ピラミッド」という階層分けがあって、7500万円という数字は、なんと上から3番目の「準富裕層」に分類されるらしい。
超富裕層: 5億円以上
富裕層: 1億円以上
準富裕層: 5,000万円〜1億円未満
アッパーマス層: 3,000万円〜5,000万円未満
マス層: 3,000万円未満
億万長者じゃなくていいなんて言ったけれど、わたしが望んでいたのは、日本の上位10%未満ほどしかいないと言われる「準富裕層」への仲間入りだった。
自分の理想が、実はこれほどまでに「たいそうなこと」だったなんて。
全部を「投資」だけで背負わなくていい
けれど、少し冷静になって考えてみる。
何も、この300万円すべてを投資の運用益だけで用意しなきゃいけない、なんて決まりはない。
たとえば、将来もらえる「公的年金」という名の強力な不労所得を計算に入れてみたらどうだろう。
もし将来、夫婦ふたりで月に10万円でも年金が入るとしたら、投資でまかなう分は残り15万円で済む。
それなら、必要な資産額はグッと減って4,500万円。
加えて、わたしにはもうひとつ心強い味方がいた。
独身時代から加入している「個人年金」だ。
途中、何度か解約しようかと思ったこともあったけれど、なんとかここまで持ちこたえてきた。
あの頃の自分が未来のためにと選んだ選択が、今になって「自由へのショートカット」として手を差し伸べてくれている。
「7,500万円」という巨大な岩が、少しずつ削られて、時間をかければわが家の手に負えるサイズに近づいてくる気がした。
すでに「自由の一部」を手にしていた
さらに、絶望した後に自分の資産をもう一度計算し直してみて、ふと、あることに気づいた。
詳しい額は伏せるけれど、わが家の今の資産でも、月数万円分はすでに「不労所得」でまかなえている状態にある。
全部を一度に解決しようとすると足がすくんで動けなくなるけれど、視線を足元に落としてみれば、そこにはもうすでに「小さな自由の領土」が静かに広がっていたのだ。
わたしの本当の願い
最終的なわたしの理想は、夫婦ふたりで早期リタイアして、マイペースに生きていくことだ。
社会の決まった枠組みの中で、成果を求められ続ける「労働」からは身を引き、家の中やふたりの時間を、自分たちの心地よいリズムで整えていく。
7500万円という数字はたしかに遠いけれど、すでに手の中に数万円分の自由があるなら、その領土を少しずつふたりで広げていくだけ。
おわりに
まだまだ理想への道は遠いけれど、焦る必要はない。
これからも、お得に買えたときの「してやったり」という喜びや、積み上がっていく数字の心強さを大切にしながら、お金のことをていねいに考えて生きていこうと思う。
一歩ずつ、でも確実に。わたしたちの「自由」を育てていこう。
